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zoom RSS 平清盛 第40回「はかなき歌」

<<   作成日時 : 2012/10/14 21:28   >>

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今週も『平清盛』のお時間です。 あらすじ(ロングバージョン)・・・・・・


1174年、大輪田泊はついに完成し、清盛(松山ケンイチ)が長年夢みていた宋との貿易が始められた。一門のさらなる発展をめざす清盛は、後白河法皇(松田翔太)と建春門院滋子(成海璃子)を嚴島神社に招き、2人に変わらぬ忠誠を誓う。嚴島神社のように横へ横へと広がることが清盛の目指す世の姿だと聞かされ、いまだ理想の姿を描けない後白河法皇は清盛に先を越されたのではないかと焦る。

伊豆では、かつて源義朝につかえた上総常澄(きたろう)が大番役の務めの疲れか、急死。北条時政(遠藤憲一)の館に集まった東国の武士たちは、諸悪の根源は平家にあると不満を募らせるが、源頼朝(岡田将生)は力なくその場を立ち去る。政子(杏)は頼朝を追いかけ、このままでいいのかと頼朝に問い詰めるが、頼朝はいらだちながらも相手にしない。なおも追いすがる政子は思わず源氏重代の太刀を転がし、直そうとする。そのとき頼朝は太刀にふれるなと叫んだ。頼朝の秘めた武士の魂が目覚め始めていた。

福原で宋銭を用いた取り引きを目の当たりにして、かつての信西の弟子、後白河法皇の側近・西光(加藤虎ノ介)も珍しく協力的になり、その普及に努めていた。ある日、西光は信西がかつて復興させた相撲節会を行うため、清盛に協力を求める。しかし、宋との取り引きにまい進する清盛は、宮中行事などしている暇はないと一蹴。怒りを募らせた西光は日頃そりが合わない義弟の成親(吉沢悠)とも、「平家憎し」で結託するのだった。

そんな平家の敵対勢力をとりなすのは、清盛の義妹でもある滋子だった。彼女は西光と成親の自尊心をあおってたくみに平家への協力をあおいだ。また滋子は後白河法皇の心のよりどころでもあった。今様の歌集「梁塵秘抄(りょうじんひしょう)」の編さんに取り組んでいた後白河法皇は、世に役立つものではないが心を慰めてくれる、そんな歌を残したいと滋子に漏らす。滋子はそれこそが後白河法皇の目指す世であり、その世がつづくことが自分の望みだと勇気づけた。

1176年春、後白河法皇の五十歳の宴が盛大に催され、平家一門も祝いの楽や舞などを献上した。後白河法皇は清盛に向かい、お互いが目指す世のためにお互いが必要であることを改めて告げた。平家が押しも押されもせぬ公卿となり、それが後白河法皇の世を支えていることを明確に示した宴となった。その蜜月関係を支えていたのが滋子だった。

しかし同年7月、滋子は病のため35歳の若さで亡くなった。その死を重く受け止める平家一門。清盛は滋子の死が朝廷のあり方を大きく変えることを予想しつつも、自らの道は変えないと決意を盛国(上川隆也)に告げた。一方、後白河法皇は激しい喪失感にさいなまれて今様を歌い続けた。

建春門院滋子の死という賽の目が、清盛と後白河法皇の双六遊びの行方を大きく変えることになる。

(公式ホームページより)





今回も簡単な感想です。(^^;;

平家と朝廷を繋ぎ止めていた滋子さん、35歳の若さで崩御。

平家の未来に暗雲が立ち込める展開でございます。


それにしても、滋子さん なんで死んだのかが全く描かれていないので
最後に唐突に何故か死んだ演出で、もうちょっと説明がほしいなとは思いました。


伊豆の頼朝さん、ぼちぼち、復活の兆しが見えてきました。

すでに40回。 あと10回で平家の滅亡まで、どう描きますやら。
非常に楽しみであります。(^-^)





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